Chief blog塾長ブログ

2019.08.20

「教育とは本来、『保守的な営み』だ」

学校長を務めた人の中には、退職したあとの話が興味深い人が少なくない。「教育とは本来、『保守的な営み』だ」と私に話してくれた先生もそんな元校長先生でした。

「保守とは、今まで先人が築き上げてきたことを、さらに発展させていくことだ。そうすると、国力が豊かになる。国力が豊かになれば、みんなが幸せになれる」

数年前のことかなぁと思って数えてみると、もう20年近く前のお話でした。年齢とともに、時間が過ぎるのは早くなりますね。

あの頃は、学力の高い生徒、はっきりいってしまえば、偏差値が高く、ポテンシャルのある生徒をどうやって伸ばしていくか、というお話ばかりでした。どこにいっても、そんな話題。リメディアルなんて言葉さえ、聞いたこともない時代です。今よりも18才人口も多く、大学も「できる生徒」を見ていれば、なんとか経営できる頃だったでしょう。

ちょっと話がずれましたけど、「国力」というのは、一人ひとりの教育的水準の「積分」だと思います。誰かしらが突出しているだけでなく、「底上げ」(あまり好きな言葉じゃない)もそれ以上に必要です。

「底上げ」に必要なことは、2本の軸があります。X軸は「しっかりと教える」、Y軸は「モチベーションを上げる」ということです。どちらに比重を置くかということは、学習者によります。

私は教員時代に、そして立場が変わった今でも考えているのは、Y軸です。

Y軸は、教授者の人となりが出てくる。「あの先生の元で勉強してみたい」と思わせるのは、Y軸です。それが、「励まし」だったり、「成績の上昇」だったり、「今までぼやーっとしていたことが腑に落ちた」だったり、マニュアルがないほど、これは「相性」の問題というか、教授者の教育哲学と生徒のニーズとのマッチというか、マニュアル化できないところです。そして、教育の教育たるベースはここです。

Y軸の伸ばし方というのは、中学校の先生が上手なんじゃないかな。以前に「プロフェッショナル」で放送されたときの田尻先生は、生徒と話し、遊び、とことん付き合っていく場面がありました。奥住先生も、授業見学に伺ったときには、生徒の話をよく聞き、遊び、付き合っておられました。おふたりの授業は、日頃のそいういう信頼関係の上になりたっているのでしょう。

「大人が、真剣に自分に付き合ってくれた」という経験は、かけがえのないものです。それがY軸の原点なのではないかな。